【北郷本陣】編

 北郷騎馬は、出馬にあたり北郷本陣(南相馬市鹿島区横手)を設営し、この本陣より出陣式を行い出陣いたします。
野馬追宵乗には、宇多郷(相馬市馬陵城・相馬中村神社)より出陣した相馬中村神社御鳳輦・総大将・宇多郷騎馬隊を北郷本陣に迎い入れ、合流後、陣立隊列し一路翌日の本祭り祭場地雲雀ヶ原をめざし進軍いたします。
北郷本陣には、他郷騎馬は許可が無ければ入れません。 本陣入口には警備担当騎馬がおり、総大将擁する宇多郷騎馬隊にあっても、北郷本陣に入る場合は、入り口で口上を述べた後に許可をもらいます。
こんなことをしている事もなかなか知られてないと思います。



【副大将出陣式(北郷)】編

 北郷は、副大将を擁し出陣いたします。
副大将宅永田陣屋(南相馬市鹿島区永田)には、北郷各役付騎馬が集合し副大将の出陣式を行います。
副大将出陣式も観覧スポットの一つです。


【総大将お迎え騎馬(北郷)】編

 北郷騎馬約10騎程が、副大将の下知により、総大将の出陣式(相馬市馬陵城・相馬中村神社)に北郷お迎え騎馬として総大将をお迎えに参上いたします。
北郷騎馬がお迎えに参上した際の口上、及びお迎えの御役目を終え北郷本陣に帰陣し、その報告口上も観覧スポットです。


【北郷と宇多郷間の伝令(北郷)】編

 北郷は、北郷横手(南相馬市鹿島区横手)に本陣を設営し、この本陣に宇多郷(相馬市馬陵城・相馬中村神社)より出陣した総大将、相馬中村神社御鳳輦、宇多郷騎馬隊を迎い入れます。
総大将及び宇多郷騎馬は、相馬市馬陵城・相馬中村神社を出陣後、北郷本陣に入る前、一旦永田陣屋(南相馬市鹿島区永田)にて休息をとります。
北郷本陣と永田陣屋(総大将及び宇多郷騎馬)との連絡は全て騎馬による伝令で行われます。
伝令騎馬の口上など古式にのって行われます。
北郷宵乗の最大のハイライトと言えます

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【北郷騎馬列立】編

 総大将が北郷本陣に入陣し、御訓示を頂いたのち、すぐに雲雀ヶ原に出陣致します。
行列を組み進軍致しますが、列立担当の組頭の指示によって行われ、組頭の読み上げにより順次出馬します。
本陣出口(道路面)に全騎馬が集まりますので、この場所もかなりの迫力です。
 北郷の先頭は、他郷とは違い先頭組頭2騎(指旗が赤地に下り駒)が並列で進軍致します。
他郷は御先乗(肩印が水色です)が行います。
 ただ、ここで列立てを見ていると、騎馬はどんどん出陣していきますので、鹿島区を進軍する騎馬を見れません。
早々に鹿島区の街中に移動し、騎馬行列を観覧しましょう。

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【北郷纏】編

 北郷は、「緋扇の纏」と「白地に緋の丸」が印となっております。
北郷騎馬隊がいる所には必ず「緋扇の纏」があります。

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【母衣】編

 野馬追に使用する母衣は、総大将が緋の母衣、副大将が紫の母衣です。
母衣には三つ扇緋の母衣、三日月に短冊緋の母衣、一つ扇に紫の母衣が付けられています。
三つ扇を背負える総大将は相馬家当主・摘男のみで、妙代出馬の場合は緋の母衣に三日月に短冊となります。

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【総大将纏】編

 総大将纏は、黒地に緋色丸で大纏です。
総大将がいる処には必ずこの纏があります。


【陣螺】編

 野馬追は全て陣螺の合図で進行します。
野馬追で使用するものは、旧相馬藩で使われていた螺譜を基に相馬野馬追陣螺保存会が決め、現在もこれらが使われています。
螺の吹き方(音)を聞いてみましょう。
よく聞いてみると面白いです。
例えば、
 礼螺→高貴人に対する螺
 乗馬用意の螺→乗馬準備
 乗馬の螺→乗馬
 散らしの螺→隊列を解く
 花火→花火打ち上げ



【肩印(北郷編)】編

 肩印とは、騎馬武者の左肩に付けている名前などが書いてある布を言います。
出馬騎馬は、必ず大きな布に「役職名」「名前」が書いてあるものと、神社の印が押された小さな布の証符と2つセットで付けています。
大きな肩印は、地色が、白・黄・青・赤・紫、などがあります。
左肩に付け、役付により地色決まっています。
 白→正副大将、武装取締役、組頭、中頭など
 黄→副軍師、軍者、勘定奉行など
 青→御先乗
 赤→螺役
 紫→絹地に名前「白」染抜で功労者

「証符」は地色が毎年変わります。
正副大将、侍大将はこの証符と同じ大きさの九曜紋が入ったものを証符の上に付けます。
(九曜紋の布で証符は隠れて見えません)
この外、さらに組頭中頭以上の騎馬は、小さい野馬追執行に係る担当係「警備・審判・花火・発馬」など記載された印を付けます。
これも係により色が違います。
組頭中頭以上は、この3枚が重なってついている騎馬が多いです。


【北郷本陣桟敷席】編

 (昼食・お土産付き)
 
 北郷本陣での出陣式・総大将お迎えの式典は、相馬野馬追を感じるには最良の観覧スポットです。
総大将率いる宇多郷騎馬隊と総大将をお迎えする北郷騎馬隊との古式に乗っ取った伝令など、まさに侍の時代が現代に現れタイムスリップすること請け合いです。
(炎天下を避けられ、目近で行われる侍諸侯の行事を観覧できる桟敷席です、発売とほぼ同時に完売となってしまう程です。)



【騎馬武者間の口上を聞いてみよう】編

 騎馬武者の口上を聞くことは、野馬追観覧の必須事項です。
行列だけを観覧してては、口上を聞けません, 行事を行っているいる場所に足を運んでみましょう。
口上が聞けるスポットをピックアップしてみました。
この他、詳しい行事は「野馬追日程」と「北郷宵乗出陣地図」をご覧ください。
・7月29日(土)
北郷(南相馬市鹿島区)関係
(1)各役付騎馬自宅(出馬・お迎え)(各騎馬自宅/早朝)
(2)副大将出陣関係(南相馬市鹿島区永田/10時過ぎ頃)
(3)北郷本陣関係(南相馬市鹿島区横手/11時過ぎ頃)
(4)永田陣屋(総大将)へ北郷伝令(南相馬市鹿島区永田/これを見に行くと北郷本陣出陣式が見れません)

【旧藩領時代の地域名がそのまま使われる】編

 騎馬が使う地域名などは、昔の相馬藩時代当時のままを使っております。
武者口上を聞いていますと、「北郷の○○軍者」とか「北郷は○○の住人○○、お迎えに参上致しました」などなど。
「相馬市」→「宇多郷」
「南相馬市鹿島区」→「北郷」
「南相馬市原町区」→「中ノ郷」
「南相馬市小高区」→「小高郷」
「双葉地区」→「標葉郷」


【相馬地方での野馬追関係の言い方】編

 相馬地方、地元での一般的な野馬追に関係した言い方です。
「相馬野馬追」→「お野馬追」*お*を付ける。
「騎馬行列」→「お行列」*お*を付ける。(今年のお行列はおどなしかったどな)
「神旗争奪戦」→「旗取り」(旗取り、見さいったか)
「雲雀ヶ原祭場地」→「原」「野馬原」(今年は、原さ行くのか?)
「雲雀ヶ原観覧席」→「山」「ご本陣山」(今年は、山さ上がって旗取りみた)
などなど、たくさんあります。